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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1073号 判決

控訴人

権藤和彦

右訴訟代理人

黒笹幾雄

被控訴人

イーデン企業株式会社

右代表者

飯田正

右訴訟代理人

堀合辰夫

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所も被控訴人の控訴人に対する本訴請求をすべて正当として認容すべきものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり補充・訂正・付加するほか、原判決理由第一に説示するところと同一であるから、これをここに引用する。

1、2〈省略〉

3  控訴人の当審における主張について

控訴人は、被控訴人に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有し、これをもつて被控訴人の本訴請求債権と相殺する旨主張するので、以下検討する。

〈証拠〉によれば、被控訴人は先に引用した原判決認定のとおり昭和四八年一二月一三日到達の書面で七日の期間を定めて本件催告及び停止条件付解除の意思表示をしたものであるが、右期間経過後の同月三〇日弁護士堀合辰夫をして、本件建物の賃貸借につき契約解除の効力が生じ、本件建物は所有者である被控訴人が返還をうけ、同弁護士が保管中のものである旨及び今後何びとといえども同弁護士の許可なく本件建物に立ち入ることを禁止すると共にこれに違反する者に対しては建造物侵入罪として告訴する旨を記載した被控訴人代理人弁護士堀合辰夫名義のベニヤ板の告示板を本件建物の戸口に掲示させ、同時に右戸口の従来の鍵をとりかえたこと、控訴人は右の事態を知り、その後本件建物に立ち入ることなく右の状態のままレストランクラブの営業を休業していたが、昭和四九年二月二〇日頃初めて右告示板を取り外し、鍵を壊して本件建物内に入つたこと、その間被控訴人は同月一三日控訴人の滞納賃料等につき公正証書に基づいて本件建物内の有体動産に対し差押手続をとり、同月二二日再び同弁護士をして前同旨のほか右差押がなされた旨等を記載した同人名義のベニヤ板の告示板を前同所に掲示させたこと、しかし控訴人は右告示板を直ちに取り外して同月二五日頃営業を再開したことをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実に基づいて考えるに、本件催告及び停止条件付解除の意思表示に定められた期間が徒過されたことにより、被控訴人が控訴人に対し本件建物の明渡を求める権利を有するに至つたことは先に引用した原判決認定のとおりであるが、さればといつて控訴人が右解除の効力発生を認めて被控訴人に対し任意に明渡をしない限り、本件建物に対する直接占有は依然として控訴人にあり、その明渡は最終的には判決等の債務名義を得た上で実現するのが本来の筋であり、被控訴人が右解除により当然に本件建物の直接占有が被控訴人に復帰したものとして、一般第三者はともかく控訴人をも含めて本件建物に無断で立ち入ることを禁止する旨刑事上の制裁をも付記して告示したこと及び戸口の従来の鍵をとりかえて控訴人の本件建物への出入りを妨げたことは、いささか穏当さを欠く措置であつたものとみられないではない。

しかしながら、〈証拠〉によれば、控訴人は先に引用した原判決認定のとおり契約成立後約半年しか経ていない昭和四八年一月以来約一年にわたつて賃料等の支払義務を相当額遅滞し、同年一二月一二日現在でその額は金五七九万五三五二円にも達していたところ、被控訴人から後記のように同年一一月半ば頃にも督促をうけ、更に本件催告をうけたにも拘らず、これを履行しようとする誠意ある態度を被控訴人に示さなかつたこと、控訴人は都税事務所から本件建物におけるレストランクラブ営業に伴う分を含む料理飲食等消費税の金三〇〇万円を超える滞納のため本件賃貸借の保証金返還請求権を差押えられ、同年一〇月三一日及び一一月一日その旨の通知が被控訴人宛にあり、その直後頃から店を閉めて本件建物に姿を現わさなくなり、債権者と称する者が被控訴人代表者のところへ来て控訴人の所在を尋ねたり、右保証金から控訴人の債務を支払つてもらいたい旨申し入れたりすることもあつたこと、その間同年一一月半ば頃被控訴人代表者が偶々控訴人と出会つて賃料等の滞納について督促した際、控訴人は本件建物における営業を訴外田崎敏夫に譲渡したい旨申し出て、被控訴人代表者が右訴外人と会つて交渉したところ、控訴人が滞納賃料等の額を過少に偽つて右訴外人に告げていたことが露見し、右訴外人の方から手を引いて右交渉は結局不調に終わつたこと、その後同年一二月に入つてからも控訴人はほとんど営業を休み、被控訴人に連絡がないまま推移したこと、本件建物は右のように休業状態が続いており、従業員等が時折り合鍵を使つて出入りしている形跡も見られたので、被控訴人代表者としては保安上の不安を感じるに至つていたこと、なお控訴人は本件催告及び停止条件付解除の意思表示の前後を通じて被控訴人に対し賃料等の滞納及びその額自体については特に異議を申し出ていなかつたことをそれぞれ認めることができる。以上の事実関係に照らすと、被控訴人としては、従来の行動等から控訴人に対する信頼の念を全く失い、本件建物の明渡義務の円滑な履行について危惧の念を抱き、この際一日も早く自己の権利を実現して損害の拡大化を防止し、あわせて保安上の問題をも解決する必要があるとの考えから前記のような措置に出たものと推認され、右のような考えに至つたことについてあながち被控訴人を責めることはできないものというべく、このことと、先に認定した右措置の具体的態様も、右認定の事実関係の下では、契約解除により明渡請求権を有する賃貸人の権利行使として社会通念上著しく不相当なものとまではいえないこととをあわせ考慮すると、被控訴人が前記のような措置をとつたことをもつて直ちに違法であるということはできないと解すべきである。

みならず、控訴人が昭和四八年一二月三〇日告示板が掲示されてから昭和四九年二月二五日頃まで本件建物におけるレストランクラブの営業を休業していたことは先に認定したとおりであるが、右認定のとおり控訴人は同年一一月及び一二にも営業をほとんど行つていなかつたこと(その理由は必ずしも明らかでないが、右認定の事実関係に照らすと、経済上の理由によるところが大きいものと思われる。)及び右告示板には弁護士堀合辰夫の電話番号も記載されており、控訴人としては、直ちに営業の再開を望むのであれば、被控訴人代表者又は同弁護士と事態の収拾について誠意をもつて話合いをする等の行動に出てしかるべきものと思われるのに、控訴人が特段そのような行動に出たことを認めるに足りる証拠はなく、前記認定のとおり昭和四九年二月二〇日頃鍵を壊して内部に入り、同月二五日頃営業を再開するまでいわば漫然と休業状態を続けていたことに照らすと、前記休業は被控訴人のとつた前記措置により余儀なくされたものとはにわかに断定し難いところがあるといわなければならない。

以上の次第であるから、控訴人主張の被控訴人の行為が控訴人に対する不法行為を構成するものとは認めることができず、控訴人の前記主張はその余の点について判断するまでもなく採用できない。〈以下、省略〉

(室伏壮一郎 三井哲夫 河本誠之)

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